アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』最終話感想 日常コメディと本格ロックが融合した傑作!制作の裏話も

ぼっち・ざ・ろっく! アニメレビュー

アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』最終話感想 ※ネタバレあり

どうも、”ぼざろロス”の男はたです。
今「星座になれたら」を無限リピしながらこの記事を書いています。

アニメから入り原作を読んだ筆者ですが、
最終話を視聴して込み上げてくるものがありました。

ありがとうCloverWorks!!(突然叫ぶよ!)

今回は、そんな感動のエンディングを迎えたアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』の総括記事です。

第12話感想

まずは第12話を見た感想を喋っていこうかと。
※以降、物語の内容に触れていきます。

”ぼっちじゃなくなった”ぼっちちゃん

2曲目はぼっちのソロパート直前でアクシデントが発生するわけですが、このシーンの中に登場人物たちの魅力が詰まりに詰まってましたね。

まずは喜多ちゃん。短いギター歴にも関わらずアドリブで8小節分を弾き切り、見事にぼっちちゃんに繋いで見せました。いつも個人練習に付き合ってくれている、憧れの存在であるぼっちを逆に助ける展開に胸が熱くなりました。

そして何より、喜多ちゃんが成し遂げたことはソロパートを代わりに弾くことではなく、あくまでも「ぼっちに繋ぐ」ということ。この違いはとても大事。

そして、ぼっちなら持ち直してくれると確信して即座に息を合わせるリョウと虹夏。本来8小節しか間奏が無いところをもう8小節演奏し、ぼっちのソロパートの時間を用意します。

今までバンドのピンチを何度も救ってくれたぼっちを、今度は3人が救うという流れが良いですよね。
この一瞬のシーンから、3人ともぼっちを信頼していて、期待していて、結束バンドにとってぼっちは不可欠な存在だと思っていることが伝わってきました。
普段は全員個性丸出しでバラバラに見えますが、ここぞという時には阿吽の呼吸で一致団結する、本当の意味での”結束”バンドが見られた瞬間ではないでしょうか。

加えて、忘れてはいけないのは廣井の存在。
第11話ではぼっちに昔の自分を重ねて、ぼっちが1歩踏み出すキッカケを与えました。
そんな廣井がぼっちの異変に一番最初に気づくというのがアツイ。

ぼっちはもう一人ぼっちでは無くなっていたんです。
支え合えるバンドメンバー、いつも陰ながら応援してくれている家族、スターリーの面々や廣井、そしてファンの人たち・・・。
ぼっちはそんな人たちの期待に応えようと覚醒し、見事会場を湧かせました。

後藤ひとりは”ひとりじゃない”。

続いていく日常

後半パートはメンバーの日常回(と家族とのエピソード)でしたね。
このままではただの感動系神アニメになってしまうと焦りましたが、いつものぼざろの空気感にちゃんと戻してくれて安心しましたw


前半パートの遅れを取り戻さんと、怒涛のギャグラッシュ!
安定の奇行に走るぼっち、ぼっちを操り人形のように扱う喜多、試奏で格好つけるリョウ、ドラマー孤独問題に震える虹夏。
そこには、どこか懐かしくも感じる彼女たちの日常風景が。

このいつも通り過ぎる描き方が、逆にアニメが終わってしまうことに対する寂しさを強めていたと思います。
我々の見えないところでも、彼女たちの日常はこれからも続いていくんだ、と。

ぼっちが家を出る際の「行ってきます」からは、言葉にできない喪失感を感じました。
まるで、彼女たちがどこか遠くへ行ってしまったかのような・・・。

全編を振り返って

最終話の話はこのくらいにして、改めて全編を振り返った作品の総評を行いたいと思います。

メインキャラクターたちを深掘る

後半の物語の主軸となったぼっちと喜多ちゃん。
この2人の「変化」を中心に、改めて4人について深掘っていきます。

後藤ひとりという人物

肝心な時にしか役に立たない本作の主人公。

極度のコミュ障と妄想癖が織りなすぼっちギャグの数々は唯一無二の面白さでしたねw
しかしそれと同時に、彼女が自身の殻を何度も破って成長していく成長ドラマも描かれており、この成長劇が本作のもう一つの見所だと言えます。

彼女がギターをやる理由は人気者になってちやほやされたいから。結束バンドに加入するまでは、その動機は当然全て自分に向けられていました。
しかし、彼女が勇気を出して一歩踏み出す時、その動機は毎回決まって「誰かのため」なんです。
第5話のオーディションの時は「この4人でバンドをし続けるため」であり、第8話のライブ本番は「応援してくれる人たちのため」でしたね。

今まで人と関わってこなかったぼっちですが、他者の考えや想いに触れることで他人を尊重できる人物へ成長しました。
ここぞという時には誰かの為に頑張ることができるところが、彼女の最大の魅力だと思います。

そして、彼女はいつだって、自身の決意を言葉ではなくギターで示してきました。
音楽で気持ちを伝え、周囲の人間の心を動かしていく姿は”ろっく”そのものではないでしょうか。

喜多郁代という人物

本作の裏主人公(あくまで著者の意見)

個人的に、この記事で一番語りたかった人物は彼女です。

彼女がギターを頑張る理由については、第10~12話でしっかりと描かれました。
第10話で文化祭ライブに対して前向きになったぼっちを見て、彼女はぼっちに憧れを抱きます。「自分もぼっちみたいに変わりたい」と。アドリブで演奏した時の前傾姿勢な弾き方は、ぼっちに強く影響を受けている証拠ですね。

しかし、ライブ本番の機材トラブルの一件を経て、彼女は「ぼっちのように一人で人を惹きつけるギタリスト」を諦め「ぼっちを支えていけるようなギタリスト」を目指すことを決断します。
作中では順風満帆な学校生活を送る人気者として描かれていた彼女ですが、一方でみんなに見えないところで悩み葛藤して、それでもへこたれずに自分に残された道を進もうと決意した頑張り屋さんな人物でもありました。

正直最初はいまいち深みの無いキャラクターだと思っていましたが、最終話でその評価が180度ひっくり返ることになりました。

虹夏とリョウの役割

成長や葛藤が描かれた1年生2人に対して、大きな変化の無かった先輩2人組み。
しかし、この2人がいなければこの作品の魅力は半分以下になっていたことでしょう。

この作品の本筋はあくまでもぼっちの成長物語であり、後半はその裏で喜多ちゃんの物語が同時進行されていた構成でした。
そんな中で先輩2人が「いつも通り」だったおかげで、1年生2人の物語を濃密に描くことができ、作品の完成度が高まったのだと思います。

加えて、虹夏はバンドメンバーの調整役として、リョウはリアルなバンドマンを表現するキャラとして作品内でも重要な役割を担っていました。
2人の音楽の技量が高いこともミソで、ぼっちの覚醒や喜多ちゃんのアドリブに咄嗟に合わせることができたからこそ、ライブは成功し後輩たちの成長ドラマを生み出すことができたのです。

加えて、主人公のぼっちにとっても2人は大きな存在です。
普段からぼっちを気にかけつつ、自身の夢を託したことでぼっちを精神的な成長へと導いた虹夏。
普段は頼りないが、音楽関連の時だけは誰入りもぼっちの気持ちを汲み、随所で的確なアドバイスしたリョウ。

まさしくドラムとベースのような、縁の下の力持ちな活躍を見せた2人だったのではないでしょうか。
そして、二人の魅力がより色濃く映るようにアニオリで工夫してくれた製作陣に感謝。

ロックへのリスペクト

次にお話しするのは、この作品が界隈で評価が高い理由について。

この作品が邦ロックファンに認められたのは、ロックへのリスペクトが随所から感じられたからでしょう。
それは、製作陣がとことんリアリティを追求しているから。

まずは演奏シーン。
ぼざろの演奏シーンは実際の人間が演奏した動きを3D化して、それを元にアニメーターが描き起こしているという話は以前の記事でもしましたね。
ほぼすべての作画を実写を元に描くことで、現実のバンドマンの動きを忠実に再現することに成功していました。


ライブシーンの音響も拘りが凄かった。
実はライブシーンはCD音源を流しているのではなく、各ライブシーンののために意図して作られた音源が流れているんです。凄い拘りようですよね。
なので、普段ならカットするようなアンプから流れるノイズが聞こえたり、ぼっちの1弦が切れる音が入っていたり、文化祭ライブシーンは体育館で演奏している感じが伝わるようにわざと音響をチープにしていたりします。経験者だけが分かるような拘りが満載でした。

原作リスペクト

先程、キャラクターの動がリアルだという話をしました。
しかし、ただリアルなだけではなく、キャラクターそれぞれの特徴やストーリーを落とし込んだ動き方をしているのがこの作品の凄いところ。

それが顕著に感じ取れるのは喜多ちゃんの演奏シーン。初めは頻繁に手元を見たり腕全体でガシガシ弾いていたのが、最終話では笑顔で前を向いて、手首のスナップを聞かせて演奏しているんです。
他にも、猫背で弾き続けるぼっちや、自分の世界に入り込んでいる風に揺れながら弾くリョウも解釈一致でした。


演奏も、ストーリーの流れに沿う形でレコーディングし直していたそうです。
第5話のオーディションのシーンでは「こういう理由で、緊張してもたってしまうドラムをお願いします」と演奏担当の方に依頼して録音していたそうで、
「ぼっちとリョウは弾けてるけど、虹夏はもたっていて喜多ちゃんはちょこちょこミスっている」というのを見事に再現していました。
第8話のライブ本番のシーンでは、喜多ちゃん役の長谷川育美さんは1曲目を緊張した演技で歌い、2曲目は緊張から徐々に持ち直していく体で歌ったそうです。これも素人でも分かるくらい大げさに表現されていましたね。

こんな風に、各キャラクターの魅力的な個性や成長過程を見事にライブシーンに落とし込んでいたんです!

一方で、文化祭ライブの代表作である「ハルヒ」や「けいおん」を思い出して、ライブシーンの迫力や盛り上がりが物足りなかったという声もあったようです。
しかし、本作が迫力重視の手描きのカットを混ぜたり、アニメ特有の会場の沸き上がりみたいなものを敢えて描かなかったところにも、原作リスペクトを感じました。

本作の舞台は学外のライブハウスで、音楽をやる理由は売れて人生を変えるためです。
その彼女たちの「本気さ」を表現するために、最後まで実写ベースのリアルな動かし方を徹底したことが素晴らしいと思いました。

何より、演奏シーンを少し引いた位置や本人の視点から描いたことで、バンドマンの素のカッコよさが際立っていて良かったです。そう、これでいいのです。


他作品では味わえない本格的な楽曲の数々

きらら作品とは思えないロックな楽曲の数々にも触れなければ失礼ですね。

どの楽曲も「現実のあのバンドに似てる」と感じるようなゴリゴリの邦ロックに仕上がっています。
しかも、「作中で演奏される楽曲は必ずギター2本以下+ベース+ドラムで構成している」ことや「ぼっちとリョウは上級者で、喜多ちゃんはあまり上手に弾けない設定なのも加味している」など、作品の設定を崩さないよう徹底した配慮がされているそうで、随所に作品愛を感じられます。

ボーカルの喜多ちゃん役の長谷川育美さんも歌い方に拘っていたようで。
ラジオでは「今までのキャラソンのように私が喜多郁代を表現するのは違う」「楽曲やバンドを引き立たせるために、自分と喜多ちゃんが混ざっているような、リアルな『女子高生の歌が上手い子』を目指すようにした」と話していました。
その結果、本作に携わるクリエイターに「歌が本業ではない人に、あれだけ歌われたら、私たちはどうすればいいんだ」と言わせるほどロックに溶け込んだ歌唱をするに至ったそうです。

こうした楽曲に携わる様々な人たちが本格ロックを追求したことで、ロックそのものの良さを引き出すことに成功したのだと思いました。

リスアニ!参照

”ぼっち”を深く落とし込んだ歌詞

楽曲の歌詞も非常に凝っていて、作詞担当であるぼっちのマインドや心の成長を上手く落とし込んでいるんですよね。

OPの「青春コンプレックス」やオーディション曲の「ギターと孤独と青い星」では、周囲の環境に対する不満や何者かになりたい自身の願望を訴えるような歌詞でしたね。この時点ではまだぼっちは人間関係を構築していないので、登場人物は自分だけ。

続く第8話の「あのバンド」は、自身が周囲の人間とはズレてることに居心地の悪さを感じていること、そして最終的には周囲とのギャップと向き合ったうえで、自分の音楽を貫くというメッセージが込められているように感じました。
人との関りを持ったが故に生まれた感情が表現されていますが、特にラスサビの歌詞は、第4話でリョウに背中を押されて「陰キャな歌詞」を書いたことに対する決意が書かれていたと読み解きました。

そして最終話1曲目の「忘れてやらない」は、今まで自身が毛嫌いしていた「青春」に対して、「この4人なら悪くない」と少し前向きになってきている心境を書いており、
2曲目の「星座になりたい」喜多ちゃんに対するメッセージを込めた歌詞だったと思います。
自身を文化祭ライブのステージに立たせてくれた友達に対する曲で、今まで歌詞に現れていなかった「友情」がテーマになっていました。(喜多ちゃんからぼっちに向けた歌詞とも読み取れますが、そこは各々の解釈で良いと思います)


このように、作品の物語に沿ってぼっちの心境が変化していったことが、歌詞にもキッチリと繁栄されているのが凄いですよね。
物語の展開と合わさることで楽曲の魅力を引き立たせ、さらには作品の魅力まで底上げしていました。

最後に

まだまだ話したいことはたくさんありますが、キリが無いのでこの辺にしております。

楽曲の音や動きはどれも細かいところまで凝って作られているので、正直まだ気づけていない部分が一杯あると思います。「自分がバンドをしていれば」「もっとロックに詳しければ」と悔しい気持ちになるくらいには内容が濃い作品でした。

アニメの出来栄えには原作者のはまじあき先生も大喜びで、自身のTwitterの名前を「アニメありがとう」にしていたり、アニメ放送時には毎話コメントを残したりと楽しんで視聴していたことが伺えます。
また、先生が大のロック好きであり「アジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)」の大ファンであることもアニメに反映されていました。
気づいた方も多かったと思いますが、アニメのサブタイトルは第8話の「ぼっち・ざ・ろっく!」以外全てアジカンの曲名で構成されています。しかも、第1話が「転がるぼっち」で、最終話が「君に朝が降る」なのが美しすぎる伏線回収でしたよね。(アジカンの「転がる岩、君に朝が降る」という曲名のオマージュ)

そして最終話のEDではぼっちを演じた青山吉能さんによる「転がる岩、君に朝が降る」のカバーが流れ、さらにはこの件をアジカン後藤さんから直々に触れてもらうという奇跡。
ここまで原作者を大切にするアニメも珍しいです。流石はCloverWorks。


長々と語ってしまいましたが、本作の魅力は伝わりましたでしょうか。
この記事をキッカケでよりたくさんの人にアニメを視聴していただきたいですし、ハマった人たちには是非原作を読んでいただきたいです!
アニメは原作2巻の途中までの内容でしたが、原作コミックは現在第5話まで発売されております。つまり、アニメの彼女たちの物語はまだまだ序盤なのです!

色々と思い出しながら執筆をしていたらまたロスってきたので、結束バンドのアルバムでも聞きに行ってきます。
また次回の記事でお会いしましょう。それでは。

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